雑事~ざつごと~

てきとうにたらたら文章書いてる奴の垂れ流しやら雑記やら。

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SEEN-5 「運命の夜に」

 衛宮家の居間には、士郎、凛、桜とそのサーヴァントたちが居た。テーブルには六つの湯呑みが置かれているが、すでに湯気はない。各々がテーブル越しに視線と言葉をかわし合い、意見を積み重ねてゆく。結果、士郎たちは同盟を解散し、個別に戦うこととなった。士郎は凛に共闘を進言したが、残るサーヴァントの数からそれは難しいと袖を振られた。
「いい、衛宮くん。今日が終わったら、私たちは敵よ」
「納得はできないけど、遠坂がそのつもりだってのは心にしておく」
「桜も」
「……はい」
 士郎と同様に上手く噛み砕けぬ顔で凛の言葉を飲みながら、桜は唇を結んだ。結ばなければ、噛み砕けなかった言葉が腹から出るかもしれなかった。
 アーチャーが凛をうながすと、凛は別れの挨拶をして夜に紛れていった。士郎は残った二人に泊まって行くかと聞いたが、桜は横に首を振り、名残惜しげに凛と同じく、幾許も歩かぬうちに見えなくなった。マーブル・ファンタズムには数十億ものプレイヤーが居るが、この場所では二人きりだった。飲み尽くして溶け残ったグラスと氷のようなものだろう。酒は一滴も残っていなかった。
 凛たちを見送ってから士郎とアルトリアは家に入り、やけに静かだと思えてしまう居間で会話もせずにいた。小粋なジョークも潤滑油も二人は持っていなかった。舌を動かすのに必要なものは空っぽだった。ポケットを探っても出てはこなかっただろう。そのまま寝てしまえれば簡単な話だったが、あたった夜風は暖冬といえど涼しすぎた。

 その場所に名前はない。より正確に言えば、元々は名前があったが今は失われている。荒野とも言えないし断崖絶壁の孤島でもない。一番近い例をあげるとするならば、地図にさえ載っていない小島だろうか。しかしそこは小島ではないし、海や岸さえありはしない。簡単に言えば、地面すらない。上下左右前後斜めあらゆる区別が無く、宇宙空間にしても岩や暗闇、真空すらないというのは寂しすぎるだろうが、そこはそういう場所だった。
 その場所に浮かぶのは数十ほどの人の形をした残骸だ。糸くずのように端々から解れ、サイレンとともにERRORという文字が浮かび始め、そして片っ端から解れて消える。
 その場所はそういうところだった。なにも無いのではなく、なんでも無くなるのだ。
 やがて糸くずのように解れた数十の残骸は消え去り、その場所がゆっくりと地面を、空を、あらゆるものを糸くずに変えていく。そして糸くずは数秒とせずにただ消え去り、あとはなにもないものだけが少しずつ広がり始めていた。

 ガントレットに包まれた指が弾けた。金色が左右に跳ねた途端、彼の頭上から一山幾らの幻想が降り注ぐ。あまりにも無差別な破壊だった。一つ一つが最高に値する幻想を、数十、数百と惜しみもなくばら撒いている。
 狙い撃つなどという話ではない。目標がある一帯全てを潰せばどれかは中るだろうというものだ。それはとても効率のいい作戦だった。放つ者の幻想が極めて無尽蔵に近いという条件の上で成り立つものだったが。
 赤い槍を手に持った男は、その幻想を飛び退きながら凌ぎ、中りそうになる幾許かを槍を回転させて弾き飛ばす。背に男性物のスーツを着たショート・カットの女性を庇いながら、舌打ちしつつ金色の鎧を身に付けた男を睨む。
「手前ぇ、何者だ」
「はっ、今から死ぬ者に名乗る必要があるか?」
 またも金色の男の背には無数の幻想が現れた。槍、剣、斧、矢、鎌、石礫、およそ思いつく限り全ての武具が整列し、その顎を開けて食らいつくのに必要な合図を待っている。
「王命だ。疾く死ね」
 指が鳴った。順序もなく絶対的な威力の奔流が槍を持った男へ向かう。抗うなどという次元の話ではない。激流に逆らって泳ぐことが不可能であるように、その無数の幻想に立ち向かうことは無理なことだった。――それが目の前の男以外だったならば。
 目の前に起こったのはどのような奇跡か。あらゆる幻想は彼に、その背に庇う女性に一切の致命傷を与えず、無傷とは言えないが未だ戦闘不能になることは無く、破壊し尽くされたその場所に立っている。
「ちっ……」
「生憎、飛び道具じゃ俺は殺せねえよ」
 背後の女性がルーンの刻まれた皮のグローブを嵌め、背負った筒からソフト・ボール程もある鉄球を一つ取り出した。
「貴様ら如きにこれを使うとはな」
 金色の男が撓んだ空間から突き出た柄を握り引き抜いた。三つの円柱を繋いだような刃のない剣を構える。
「――狂喜しろ。この力を存分に味わい尽くせ」
 円柱が互い違いに廻り出し、赤い風が噴き上がる。
 槍の男はその石突を深く引き、、穂先を地面に擦りつけるかと思うほど低く構えた。同時にショート・カットの女性が言葉を吐く。
斬り抉る戦神の剣(アンサラー)
 鉄球とグローブから雷光が爆ぜる。
 途端、金色の男の顔がやや青くなった。
「アンサラーだと……?」
 その鉄球こそ伝承の一つ。その女性こそ保菌者。能力自体は簡単なものだ。後出しして攻撃される前に攻撃する。たったそれだけにして、絶対無比の方法だった。こと一対一ならばどんな相手とて倒しうる最強の迎撃兵装である。
「ええ。これがアンサラー。知っているのならば、その結果は知れましょう」
「てめえのクラスも知りはしねえが――その心臓、貰い受ける」
 男が持つ赤い槍がゲイ・ボルクである。呪われた魔槍は因果の逆転を以って、中った結果があってから放たれる必中の攻撃だった。
 金色の男が持つ宝具が如何に強力なものとて、その二つの運命の逆転は覆せるものではない。先に攻撃すればアンサラーの一撃がその身を抉り、後に攻撃すればゲイ・ボルクの一撃がその心臓を串刺しにする。
 八方塞りではあるが、それを選ばなければ両方に穿たれるだけ。金色の男は口端を引き攣ったように吊り上げ、柄を握る手の力を強くした。
「なかなか面白い出し物だ。が、そのような小細工で我を倒せるとでも思うたか」
 魔力の暴風が吹き荒れ、その被害を受けた辺りの物が宙を舞う。より激しく廻り出した円柱が繰り出す一撃こそ世界を斬り裂いたものであると、誰が知ろう。名も無き剣より放たれる暴風こそ、最強に相応しい威力の攻撃だ。星の作り出した願望の凝縮であろうと、その一撃の前では三流の幻想と変わりない。
「……はっ、面白いじゃねえか」
 それはどちらが勝つかという話ではなかった。ゲイ・ボルクの、アンサラーの一撃は金色の彼を倒すだろう。しかしそのあと待ち受ける暴風を耐える手段を彼らは持ち合わせていない。放たれた瞬間、どちらもが死に絶えることは判っている。死ぬか殺すかを選ぶというものだ。
 焦れた感情が神経を焼く。三人は睨み合いながらその鼓動を高め、相手の手を読みつつ呼吸の一つさえ慎重にした。
 何秒経っただろうか。尖りきった神経にはあまりにも長すぎる時間が、焦げ付いた感情の導火線を尽くし、一斉にその場が爆発させる。
刺し穿つ(ゲイ)――」
「――天地乖離す(エヌマ)
後より出でて(フラガ)――」
 最後の一動作を残し、どぷん。と黒い波が彼らを飲み込んだ。

 病院のベッドの上で彼女は静かに寝ていた。周囲には頭髪を後ろに撫でつけた厳格そうな医師が一人、まだ歳若い看護士が一人、背広に身を包んだ老若男女が数人、ベッドの上の彼女を見下ろしていた。数人は眉間にしわを寄せ、目には哀しみとそれ以外の複雑な感情を綯い交ぜにし、謙虚に祈る教徒のように手を合わせていた。
 デジタル音が一定の間隔で鳴っているが、それは非常に遅いものだった。音と音同士が遠すぎて、溺れていた時に手を伸ばしてようやく手にしたのは藁だったという喜劇にでも悲劇にでもなりうる話の、悲劇に見えていた。
 やがてその音が鼓動を止めた。まるで劇場のブザーのように、冷ややかな音が鳴っている。
 医師が腕時計の日時を言葉にし、最後に「ご臨終です」と付け足した。近くに居た看護士がベッドに寝ていた女性の顔に白い布をかける。
 泣き声が一室を満たし、その言葉は様々ながらも女性の死を哀しんでいるのがありありと判った。それだけベッド上の女性は皆に慕われていた。
 アルクェイド・ブリュンスタッドと名をつけられた彼女の生涯は、数奇な幸せと哀しみに彩られ、あまりに多くのものと共に閉じられた。

 断線。断線。断線。断線。断線。断線。断線。断線。
 断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線断断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線断線。
 断断断断断断断断断断断断断断断断断断。
 線線線線線線線線線線線線線線線線線線。
 数にしておよそ百八十二万ものマーブル・ファンタズムへの接続が途切れた。それは意図的ではなく、故意的ではなく、理不尽なものによって一方的に閉じられた。現状で六割ほどの接続を断ち切られた者は、何もなくなる空間に飲み込まれた。残り四割の接続を断ち切られた者は、黒い波に飲み込まれた。
 彼、ないし彼女らはなにかの不具合かと思って再度接続を試みたが、既に接続は不可能となっていた。
 彼らはまだ幸運と言えた。その前日まで現実に酷似した幻想の世界をなんの疑いもなく楽しんでいられたのだから。しかし彼の世界の虜になったの人々や、その世界よりログ・アウトもままならぬ捕らわれたごく少数の人々、そしてこれよりその幻想で死に至る者たちは不幸だった。情報が出回り、言いようのない理不尽な終焉が待ち受けることを知ってしまったから。
 今、マーブル・ファンタズムという擬似世界は南極という果てから滅び始め、同時に黒い波が各地でヒトだけを飲み込み始めていた。
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  1. 2007/06/30(土) 00:24:24|
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SEEN-4.5 「White labit」

 ぷつんと空想の触角が途切れ、暗い闇がイリヤの視覚を埋め尽くす。そこで初めて自分がマーブル・ファンタズムに居たことを思い出し、彼女はヴァーチャル・ギアを外しながらため息を吐いた。そのままキング・サイズのベッドに倒れこんで、豪奢な飾りのついた天井を見上げる。
「まあ、仕方ないわよね」
 彼女の横に佇むヴァーチャル・ギアは、普通のものとは違う。通常販売されている物と比べて五割ほど大きく、洗練よりも無骨に近い。それこそ、彼女が従えていたバーサーカーのように。
 彼女の部屋にTVは無い。ヴァーチャル・ギアを除いた他は、本、ぬいぐるみ、スタンド・ライト、ベッドぐらいだろうか。身に付ける衣服は専用の部屋に仕舞われている。そのせいだろうか、華美に彩られていると言うのに寂しさが漂うのは。
「いつもこうなのよ、一番大事なところで取り逃しちゃう。これはもう、遺伝なのかしら」
 例えば母親、とイリヤは口にしようとして止めた。そしてベッドから緩慢に体を起こし、体重をかけてバネを軋ませる。
 二度、ドアから軽い音が響き、叩き方からそれが誰であるかを判断してイリヤはそれに応えた。
「なあに、セラ?」
「食事の準備が整いましたので、お呼びに参りました」
 頷こうとしたが、イリヤはやや思考を巡らせて彼女の言葉を断った。
「いいえ、食事は要らない。それよりも車を出して。……今からエミヤの家にいくわ」
 セラはやや不満げに思いながらも、表面上は従順に頭を下げ、彼女の言葉に頷いた。扉を閉めるとすぐさまきびを返し、食堂に用意された一人分の食事を片付け始め、リーゼリットに言葉をかけて車の用意をさせる。
 広い城内を大股の早足で歩きながら、彼女は迷路じみた城の中を突き進む。そして車庫にある黒い車に鍵を差し込んでエンジンをかけると、エアコンを暖房にセットしてスウィッチを押し込んだ。これで彼女の仕事は終わりだ。車の運転自体はセラがすることになっている。
 彼女は運転席から外れて助手席に乗り込むと、身動ぎもせずに二人を待っていた。

 切嗣は家の居間で、座布団に座りながらTVをぼんやりと眺めていた。旅館のように本館と別館がある衛宮邸は一人でいるにはあまりにも広すぎる。それこそ、寒いほどの寂しさはTVを流しても紛れそうもない。
 平日の昼間では大河も学校で教鞭を取っているし、桜もノートを埋めている最中だろう。士郎は約束通り病院に手配されていた。
 テーブルに置いた湯飲みを傾けてからもう無かったことに気づき、松葉杖を脇で挟み込んで湯飲みを手に取ると松葉杖を突きながら台所へ向かった。やかんに水を入れてコンロにかける。と同時にインターフォンが鳴った。コンロの火を止めて切嗣は玄関に向かった。
「はい。どちら様かな?」
「ずいぶんと久しぶりで娘の顔も忘れちゃったかしら?」
 二人の大人に挟まれて、白い少女が恭しくお辞儀をした。それに釣られるように、リーゼリットとセラも軽く会釈をする。
 他人行儀な挨拶を終えて元気の良い笑顔に一変したイリヤは、切嗣の体を支えるようにゆっくりと抱きついた。
「……久しぶりだね、イリヤ。ちょっと背が伸びたかな? セラとリズは変わりないね」
 頭を撫でながら、切嗣は抱きついてきた小さな体を抱きとめた。器用に脇に挟んだ松葉杖でバランスを取り、両手を使ってイリヤを愛している。
「くすぐったい」
 そうは言いながらも嫌じゃ無さそうに抱きついて、切嗣と十分抱きしめあい、彼女はゆっくりと離れて一つ息を吐いた。すると無邪気な少女のようだった彼女の表情は一変し、苦味の判る大人のような顔をした。
「ごめんね、キリツグ」
 首を左右に振って、無精髭を撫でながら苦笑した。
「いや、僕が無理言って頼んだことだからね。ダメでもしょうがないよ」
 玄関先で対応するのも面白く無いと思い、切嗣は三人を今へ招き入れた。やかんに水を足してコンロの火を入れると、セラに窘められるように説得され、居間に座ってイリヤの対応をする。
「キリツグ、ちょっと寝不足みたいね」
 彼女は見上げて、記憶にあるよりも隈と無精髭が濃いことに気づいた。
「うん、ちょっとぐっすりはしてないかな」
 苦笑して頭を撫でた。お茶を運んできたセラに礼を言い、まだ熱い内に啜る。カテキンの多く出る温度で抽出されたお茶は、渋かっただろうが切嗣は介さずにのどを鳴らした。
「ごめんね、イリヤ。こうして会うこともたまにしか出来ない」
「……うん。けど、母様にはきちんと連絡しなきゃダメよ」
「うん。ちょっと忙しくて忘れてたけどね、手紙はきちんと書いてるよ」
 切嗣はメールや電話という手段よりも手元に残る手紙という形式が好きらしく、わざわざ蝋で栓までしている。その手紙を届けられる当の本人は直接声の聞ける電話の方が良いらしいのだが。
 お茶を飲んでから少しして切嗣はイリヤの頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細める彼女を見て、胸にトゲが突き刺さる。それををお茶と一緒に飲み干して、ゆっくりと彼女の頭を撫で続ける。
 それは当然の痛みだ。果たしていない責務。果たせない責務。どちらにしろ、それがトゲの原因であることに変わりはない。
 この状態を幸せだと思ってしまって、それに違和感を抱かない自分に切嗣は愕然とした。消耗しているのだろう。士郎(こども)が危険なのに幸せだなんてありえない。イリヤと離れ離れだったのに、悔いがないなんてありえない。その考えは銃弾の衝撃のようで、心を冷やすには十分だった。
 肺の底から体が冷えていく感覚に身震いし、切嗣はお茶を飲み干していく。空になった湯飲みを傾けて、ようやく無いことに気づいた切嗣はセラにもう一杯を頼んでから、低くなった体温を温めるようにイリヤを少し強く抱きしめた。
「うん?」
 急に強くなった抱きしめに違和感と嬉しさを同時に思いながら、イリヤは胸にもたれかかる。
「なんでもない。ちょっと、寒いだけだよ」
 お代わりのお茶は、熱過ぎるほどだった。

 用意されていた車椅子で押され、切嗣は久しぶりの商店街を眺めていた。喧騒と言うほどうるさくはないが、それでも活気のある場所だと彼は思う。そんなにごった返しているわけではないが、どこかしら人間らしいと言うのだろうか。そんな雰囲気がマウント深山商店街にはあった。
 切嗣の車椅子を押しているのは、イリヤだった。その華奢な体では押すのも一苦労なのか、真剣な顔をしながら腕に力を込めている。その後ろを静々と二人のメイドが歩いていた。本来ならば車椅子を押すのは彼女たちの役目だろう。しかしイリヤ自身が希望したのか、二人はただ車椅子の進む後ろをついていくだけだった。
 妙に奇怪な光景だった。切嗣とイリヤだけならば、まだ微笑ましい光景だったろう。しかしメイドが付属することによって、完全におかしな形へ変化を遂げていた。周りの人間は興味を持つが、しかし露骨に目を向けられぬままその好奇心を冷ましていくほかない。
 イリヤは冬だというのに額に汗を滲ませながら、商店街を少し外れて公園の近くまで来たところでとうとう根を上げ、その公園で休むことになった。車椅子からベンチに移った切嗣は、その横にイリヤを座らせて今にも泣き出しそうな空を見上げている。気温が低いから、もしかしたら降るのは雨ではなく雪かもしれない。湯気でも上がりそうなほど体の温まった彼女は、体を休めるようにベンチへ預けている。
 まるで仲の良い親子のようだった。いや、仲の良い親子なのだろう。彼らが暮らしてきた日数と密度を除けば。だからそれはあまりにも繊細に作られた砂糖菓子のようなもの。触れてしまえば崩れていく幻みたいに、手を触れずに眺めていることしか出来ないような。
「ねえキリツグ」
 天蓋から腕に抱きついたイリヤに目をやる。彼女は何かを決意したような強い瞳と、それを退けられる怯えを見せた表情でその言葉を続けた。
「わたしはね、幸せになりたいの。でもそれはキリツグが幸せじゃないといけないのよ。キリツグが幸せになるためには、シロウが幸せじゃないとダメでしょう。だからシロウにも幸せになって欲しいの。けれど、シロウが幸せになるのはすごく難しいのよ。だって、シロウはあの中でしか夢を叶えられないんだから」
 いつだったか、切嗣が士郎に語った話だ。子供のころ夢見たことを本気で叶えようとして挫折した人間の無様な夢物語だった。
 誰もを救える『正義の味方』になりたい。
 そんな願いが幼い少年に焼きついた。
『だったら、俺が爺さんの夢を形にしてやるから』
 いつか見たその夢を幼い手に抱きしめて、今でも少年はひた走っている。空想でさえありえない出来事を、空想の中でだけでも叶えられるように。
「だからキリツグがシロウを幸せにしなくちゃいけないのよ。それが出来るのはキリツグだけだから」
 噛み締めるように、慈しむように、少女に注いでいた瞳を閉じてその言葉を深く飲み込む。しばらく経ってから切嗣は頷いて、イリヤの頭を撫でた。
「判ったよ。僕はイリヤも士郎もお母さんもセラもリズも全員、幸せにしたいからね」
「うん。だったらわたしとデートしましょう。今わたしは、キリツグとデートできれば幸せよ」
 撫でていた髪を整えて、その小さな手を取って切嗣は微笑み、その甲に唇を寄せた。
「喜んで。お姫様」

 閉ざされた明るみがカーテンを通してようやく室内にたどり着き、白い部屋をなんとか目が利くようにしている。厚い濃灰に蓋をされた空はあまりにも重苦しく、それ自体が圧力を持っているかのようだった。
 室内に響くのは一定の間隔で鳴る合成された電子音だけだった。約一秒に一度鳴らされるそれは、模造された心音である。
 その心音の主は、白いベッドに横たわっていた。頬は痩せこけ、潤いを失った髪は光を跳ね返さない。目の周りも何処かしら落ち込み、明らかに正常ではないことを示している。腕から繋がったチューブは液体を淡々と落とし、足りない栄養を補充している。それでも足りないのは、その体を見る限りはっきりとしていた。腕はやせ衰えていて、角張った骨があらわになっている。その上掛けと服に隠れて判らないが、恐らく肋骨も浮き出ているのだろう。
 靴底が響いて外を揺らした。見回りに来た看護婦は残り少なくなった栄養剤を運んできたのだろう。正常――と言っては可笑しいが、ごく普通のありふれた光景だった。その病室の主が、頭に奇怪なヘッド・ギアを嵌めている以外は。
 その病室の入り口には無味乾燥なネーム・プレートが一つかけてあった。彼は二日前にマーブル・ファンタズムにログ・インし、それからずっとログ・インし続けている。いや、正確にはさせられている、だろう。なにせ彼のシステムには、そこからログ・アウトするためのものが消えてしまっているのだから。
 同じような境遇に衛宮士郎という少年もいた。彼はより深刻と言えただろう。そのマーブル・ファンタズムの中でさえ、トラブルに見舞われているのだから。そしてその自体は、現実にも侵蝕しようとしていた。
 同じペースで鳴っていた電子音が、突如乱れだしたのだ。彼の栄養剤を取り替えていた看護婦は慌ててナース・コールのボタンを押し、異常をセンターに伝える。不定期な脈拍の上昇、下降はあまりにも不自然すぎて、それが徒事ではないことを知らしめていた。

 徐々に空が黒くなり始め、そしてまた夜が始まる。
 病室にあるTVモニターがニュースを流していた。あまり大きくない音量は、それでもたしかに耳に届く。
『マーブル・ファンタズムの創始者でありそのプログラムの主開発者、アルクェイド・ブリュンスタッド氏が本日未明、会社の社長室にて倒れたそうで――』
 ニュースの途中でカードが切れて、TVモニターは画面を落とした。
  1. 2006/08/15(火) 21:58:04|
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SEEN-4 「EXCARIBUR」 act.4「残滓の夜」

 世界を満たすような光が空の彼方へ消え、その場には二人の人影が残っている。一人は黄金の剣を振り下ろした姿で止まっているアルトリアで、もう一人は全身を炭化させ、左胸から先、頭部三分の一、左大腿、右肘から先、両眼、右脹脛を欠損したバーサーカーだった。明らかに終わっている。生物学的に生きていられるはずがない。心臓を無くしている。脳の半分以上もを欠いている。それ以前に熱量でたんぱく質が変質している。
 それでもバーサーカーは動いた。
 肉だった炭をこぼしながら、骨だったカルシウムをばら撒きながら、バーサーカーはその足を進めた。
「……信じられない。まさかバーサーカーを一撃で十度も殺すなんて」
 わななくように、怒りで震えるがごとく硬い声を吐き出す。凝った声はいかにも重苦しく、まるで絶対の命令者みたいにさえ思える。しかし彼女は少女でしかない。一瞬で人を殺せようが、あらゆるものを破砕するような巨人を従えていようが、イリヤは紛れもなく幼い女の子にすぎない。紛れもなく、疑いようもなく、圧倒的な力に怯えた少女でしかない。
「そっちこそまさか、ね。あれだけの攻撃を喰らっておいて、まだストックがあるなんて……本当に化け物だわ」
 エクスカリバーは確実に真正面から当たっていた。死ぬ瀬戸際だったバーサーカーを一部の狂いもなく捉え、そしてその一撃で確実に殺した。実に十度。アーチャーの必殺でさえ二度は成し得なかった殺害を、一撃でその十倍もの数を殺し尽くしたのだ。だが逆に言えばそれだけ。バーサーカーは滅びず、今だその姿を保っている。それこそ崖っぷち、風が吹いただけで霞みのごとく散りそうなその姿ではあるが、生きている。アルトリアの一撃で決めなければいけなかった。あれだけの攻撃だ、短時間に二度は利かないだろう。アーチャーの攻撃とて、偽・螺旋剣ほどの致死純度を持った攻撃はそう多くはない。あるとしても、使うには時間がかかりすぎる。それを溜める前にバーサーカーは再生するだろう。
「蘇りなさい、バーサーカー」
 白い少女の全身から令呪が浮かび上がる。赤色の光を帯びて輝いたそれは、多量の魔力をバーサーカーへと流し込む。
 弱々しく咆え、彼はその肉体を惷動させた。みるみるうちに消し飛んだ骨が根元から組み上げられ、数秒としないあいだにその周りを筋繊維が取り囲む。足りない体を魔力で編み上げ、バーサーカーは治った個所から順に動かしていき、そして今度こそ唸りを上げた。
「■■■■■■■■■■■■――――――――!」
 声そのものに、鮫肌のような嫌悪感に近い質感がこもっている。片っ端から猛獣の威圧を纏め上げたような咆哮は否応なく恐怖を煽り、生命信号を打ち出す。それは一番最初にあるべき感情だ。生まれた瞬間に叫び声を上げる生存本能という意思は強い。赤子が生きるには泣いて母の乳をねだらねばならないように、人が生きるにはその信号を無視してはいけない。
「もういいわ、バーサーカー。シロウも要らない。全部全部殺しちゃって。遠慮は要らない、躊躇は要らない、順番も優先も区別も自由も意思も理性も全部必要ないわ、狂いなさい(ヽヽヽヽヽ)
 イリヤの言葉が冷たく響いて、バーサーカーの体が震えだす。それは武者震いでも恐怖でも寒さのためでもない、ただ単純に力の抑えが利かず、バーサーカーの肉体が叫んでいるからだ。よりいっそう輝きを増す瞳は狂気の色を強め――否、もはやそれ以外見当たらない。
「嘘。まさかアレでまだ狂化していなかったなんて……」
 凛の背筋をざらついた感触が舐め上げる。それは、その場にいるイリヤとバーサーカー以外に共通した感覚ではなかっただろうか。誰にでもなく、何にでもなく、目の前の怪物に殺される。確信めいたその思いが胸に張りついて離れない。
 遠坂凛はその体を目の前の獣に負けまいと押し出そうとするが、実際は震えてみっともない。アーチャーは無表情に徹して恐怖を押さえ込みあらゆる策略を頭の中で放っているが、そのどれもが絶望的だった。アルトリアは言うまでもなく、その必殺を耐え切られたことに足から地面に座り込み、驚愕を隠せないでいる。衛宮士郎はその意識もなく、ただアスファルトに倒れている。その姿はどこか曖昧で、目を離せば掻き消えてしまいそうなほどだ。
 その状況を打開できる術はない。四人があらゆる抵抗をしようと、閉じた袋小路が開く通りはない。追い詰められたねずみが噛んで抵抗しても、最後には猫に食い千切られるのと同じように、絶望はどこまで探っても絶望しか見せることはないのだから。
 バーサーカーが動く。今までよりも強大な圧力と力強い前進があまりにも物語る。跳ねる肉体は鋼よりも強靭で、あまりにも突拍子がないほど、彼は腕を振り上げ、拳を突き出した。アーチャーが両手に夫婦剣を握り、その拳へと狙いを定めた。衝突は双方から同時に。ただし、その威力の差は比べるべくもない。叩きつけたはずのアーチャーは衝撃の瞬間に夫婦剣を離して強引に飛び去り、その衝撃を最大限まで逃がしきってなお地面に追突した。赤色が七メートルほど嫌な音を立てて滑った。アスファルトの凹凸でも不思議と布は擦り切れていないが、それを着たアーチャーのダメージは甚大だ。
 破壊は止まらない。暴風が吹き荒れることを邪魔することはできない。災害はどこからともなく現れ、そして抵抗も無意味に荒らしていくのだから。それは合する舞台ですらない。互いに動くたび、アーチャーは溜めたい魔力を削られていき、生存本能で剣を振るうアルトリアはただ弾かれてその足を下げるしかない。しかし、それはあまりにも煙のようなものだ。アーチャーに時間と魔力があったとして、確実に殺せるかということになれば、それは首を捻らざるを得ない。そして現状は、ただ無駄に魔力を消耗するだけなのだ。
「くっ……!」
 何度目か、バーサーカーはアーチャーが跳び去るよりも早くその腕を打ち砕き、しかしその拳の威力でアーチャーはより距離を取る。しかしそれも、破壊されない時とコンマ数秒ほどの差でしかない。腕を破壊された分、差し引きとしてはマイナスだった。明らかに勝ち目はない。あと少しで倒せよう。ただ一度、その防御を破って心臓を抉ればこの絶望は終わる。ただし、それだけがない。四人はまだ生きている。そのうち三人は身体的にはまだ戦える。二人はサーヴァントで、抜群の身体能力を持っている。暴風のようなその身にも、攻撃を当てられる。本当に、たった一撃だけが足らなかった。
 絶望に身を浸したとき、アルトリアは士郎を担いで手の中の風王結界を消した。
「……わかっているの、セイバー? あなたの足じゃ、シロウを連れて逃げるなんてことは不可能なのよ」
 白い少女は蔑むように言う。それはあまりにも必然で、誰も言葉に出さなかったことだ。アルトリアよりもバーサーカーの方が速い。それは、幾度の戦闘から判りきったことだった。
「ええ。私は逃げられない」
 アルトリアはシロウを担いでアスファルトの地面から跳ねた。電柱から突き出たボルトに足を引っ掛け、一揺らぎもせず二人分の体を片足で支える。同様にアーチャーも凛を抱いて民家の屋根に上り、その両手に弓を番えた。
「なあに。まだわからないの、アーチャー?」
 バーサーカーが飛び跳ねる。その巨体が重力に逆らってアーチャーへと直進し――その体を閃光が貫いた。
「え?」
 それは誰が発した言葉だったか。
 鈍色の巨体が白色に当たった瞬間、無惨に引きちぎれていた。蒸発するほどの速度で体を焦がし、バーサーカーは強引に解体された破片をアスファルトに落とす。
「……ウソ。なによ、それ」
 自分のサーヴァントが息絶えたことを信じられないのか、イリヤは呆然と呟く。けれどそれは、事実だ。
 閃光が消えて、羽の生えた馬にまたがった二人の女性が現れる。それは幻想にのみ存在する生物、ペガサスを従えたライダーが、後ろに同乗するマスターに言葉をかける。
「なんとか間に合いましたね。サクラ」
 その速度に酔ったのか、桜は状態をふらふらとさせながらも頷き、アルトリアに抱えられたシロウを見て胸を撫で下ろした。
 だらんと肩を落とし、イリヤは次第に笑い出した。何がおかしいのか、それともなにもおかしくないのか。ただ猫がのどを鳴らすような声を出し、その瞳に光が灯る。狂気ではない。たしかな正気で、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは言う。
「ごめんね。シロウ。あなたを救け(殺し)てあげられなかった」
 まるで蛍のような、ぼんやりと光が、無数に彼女の体から生まれる。それはまるで幻であったかのようにイリヤの体は透け、そして暗い夜空へ星と混じり溶けていった。残された情報はただ一つ限り。チャット・ウィンドウのログ保存に生まれた、プレイヤー・データ・ロストという文字だけ。
 残された面々はただ肌寒い宵の中、桜とライダーが来なければ確実に死んでいただろう戦線を切り抜けて呆然とし、同時にあっけなくも感じていた。
 彼女たちは無言で歩き出し、まだ修理の住んでいない衛宮家ではなく遠坂の館に着いた。アーチャーは無言で紅茶を人数分入れ、凛はテーブルに肘をついて椅子に大人しく座り、アルトリアは凛から借りた客間に士郎を寝かせに行った。桜は黙り込んだ全員に奇妙な感覚を覚えながらアーチャーに淹れて貰った紅茶を飲み、お茶請けのクッキーを一つ齧る。ライダーは桜に付き添い、ただ立っていた。
 湯気を立てるカップを持ち上げて、頬杖を着いた腕を解いて凛は口にする。それは上質の葉と技術で丁寧に入れられたストレートで、滑らかで甘さを持ったものだ。同時に舌を引き締めるような渋みもある。それを胃に落としてため息を一つ吐き、凛は震え始めた。
「今ごろ――ね」
 安堵感や勝利の恍惚からではない。恐怖が彼女の体を震わせているのだ。表には出さないものの、アーチャーとて一片の恐怖も感じなかったと言えば嘘になるだろう。客間で座り込んでいるアルトリアにしても、いや彼女だからこそ今は士郎の横で震えているのだろう。それは、例外なく。目を閉じて意識を失った士郎も、なにかしら夢に苛まれているに違いない。
「それでも、私はシロウの信頼に応えることができた」
 たとえ自分が決定打でなくとも、衛宮士郎を守るということが出来て、アルトリアは安心を感じていた。
  1. 2006/06/06(火) 20:32:31|
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SEEN-4/ACT-3:2 「天下地上の煌きⅡ -星の光、人の光-」

 そこがまるで舞踏会場であるかのように、イリヤは仰々しく手を上げた。その指先を月光が滑って垂れ、まるで宝石のように柔らかく微笑む。
「一撃で殺しちゃダメだよ、バーサーカー。ゆっくり、丁寧に、優しく殺してあげるの。そう、キャンディを舐めるみたいにね」
 歩くだけでその一挙手一投足は猛獣の威嚇を思わせる。あえて言うのなら、百獣の王の威厳とでも言うべきものか。ただ重苦しいほどの沈黙を持って狂戦士は応え、その拳を士郎の腹部に乗せ、じわじわを蟻をいたぶるように圧迫し始める。
「……ぁ、ぁ」
 ゆっくりと歪曲に耐え切れなくなった肋骨に亀裂が入り始め、次第にその全部にひびが回る。
「お、ぉ、あ……!」
 欠けた骨が肉に刺さり、血液を腹部に集めた。ふやけた腐肉のような弾力を持ち始めた血溜まりはその圧迫につぶれ、士郎の衣服を赤く染める。
「バーサーカー、止めて。もっと、やさしく(ヽヽヽヽ)よ」
 それを承ったバーサーカーは拳を退け、その下に敷くものを腹から脚に代えた。
「おりこうさんね、ヘラクレス。そう。ゆっくり、やさしくよ」
 最初に甲が潰れ、あとは順番通りに爪先からゆっくりと壊されていった。指先は合唱を奏でるように多重に、側面は万力を狭めるように徐々に、足首は離れないように圧しながら、くるぶしは平らになるように丁寧に。足の末端という部品が壊されて、士郎はその度に壊れたのどで歌い上げた。そしてようやく片足の脛に入ろうという時に、吹き飛ばされたアルトリアが不可視の剣を振り上げてバーサーカーの頭上を狙う。
「はあああああああっ!」
 それを駆逐すべくバーサーカーは士郎から手を離し、ゆっくりとアルトリアの方へと向いた。その攻撃に意味はないが、恐らく自分の周りを飛び交う蝿でも追っ払うつもりなのだろう。うるさい蝿は潰すか追っ払うまで、うっとうしくてたまらないとでもいうように。
「そっちが先でいいわ。けど早めに片付けてくれないと、お兄ちゃんが死んじゃうからね」
 唸りを上げて、バーサーカーは応える。
 士郎からなるべく離れるように誘導しつつ、アルトリアはバーサーカーを相手にする。なるべく当たらぬように、なるべく離さぬように間を取りながら。時にはその拳に剣を当て、衝撃だけを受け止めるようにその一撃で遠くまで飛ぶ。それすらも数秒でゼロにするバーサーカーは、狙い通りに士郎から引き離されていった。
「もう。ダメじゃないバーサーカー。……まあ、シロウがやられてるのに見てるだけのリンなんて、怖くないけどね」
 瞬間的に凛ののどが叫びを上げようとして意識を尖らせ、凍りついたシステムが復旧した。同時に士郎でさえなんとかしようとした自体をただ呆としていることしかできなかった自分に恥じ、左腕をコートごと捲って魔術刻印を起動、同時にアーチャーに呼びかけ、あらゆる状況を並行処理し始める。
「殺害に至るまで回復するにはどのぐらい?」
 虚空に呼びかけると、赤い外套が翻る。
「君に魔力を貰えば一分とかからん」
「オーケイ。どんどん持っていっちゃって。こうなったら、出血大サーヴィスよ」
 自分の中の魔力を垂れ流す蛇口を開きながら凛は魔術を構成し始める。同時にガンド打ちでイリヤを牽制しながら場を離れ、口ずさむ詠唱は途切れぬまま。アーチャーの戦法から足止めが有効なのは理解している。ただし、特大であるか連続で打ち加えないと完全無効化されることも。
Anschließen im Wind und die Spirale, die zusammen im Himmel erhalten(白き星、白き星、白き星、箒星に束ね、天上へ誘い給え).
 Sie schlugen mit dem meisten Hammer, runterdrücken(風の月は二十六。満たせ。満たせ。足りぬ風を満たせ).
 Die volle Masse, die vielen Felsen, ordnend dücken Sie(閉じた匣を開け、塞がれた蓋を剥がし、空の匣を満たせ)
 地上から風の塊が浮き始め、空へ行こうとしながら遠くのアルトリアを援護する。バーサーカーは効果は無いものの多数の風に足取りをおぼつかなくされ、その一足の踏みこみが浅くなり始めた。同時に浮き上がった体を、固化した風に撃たれ、その全身をやや遅める。その風が撃ちちつける半ばほどから風に紛れ、大きな岩がバーサーカーの体を圧し、足元をうねる土に埋められる。
「アーチャー、これで何秒?」
「せいぜい、一秒半だな」
 舌打ちしつつ、凛は蛇口を精一杯に開ききる。同時に魔術が止み、こちらに意識が向いたところでアルトリアが背後を飛び回り、バーサーカーの頭をインヴィジブル・エアで殴りつける。
「もう、なにやってるのよバーサーカー。そんなの蹴散らしちゃえ!」
 頬を膨らませながら魔力を高め、自身の体からなんの加工もせずその魔力塊を撃ちだした。外世界の素粒子に影響されて炎の巨塊になりながら、魔力塊は弓兵を狙って高速で空を焦がす。
「なにあれ。ほんと、デタラメもいいところじゃない」
 それは魔力タンクとしてバーサーカーのお守を任せられた、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだから出来ることである。他の魔術師が――人間が同じような真似をすれば、一瞬で生命力を消耗し尽くしてもおかしくない。
「だが、派手なだけで無意味だ。魔力は加工してこそ意味がある」
 狙われながらそれを易々と避け、嘲笑的に口端を歪めながら飛び去っていく炎の巨塊を眺める。
「もう、アーチャーったら避けちゃだめじゃない」
 同じように口端を歪めた笑みを浮かべ、イリヤは半分ほどの魔力塊を量産し、まるで凛がガンドを放つようにそれを連射する。
「で、偉ぶっちゃったあんたの感想は?」
「……なるほど。そもそも前提とするところが間違っていたようだ」
 必死で逃げ回りながら、弓兵は自分を皮肉った笑みを浮かべた。

 砂利まみれの唾を吐き出して、士郎は埃に痛む目を開いた。百数十メートルほど離れたところには二つの生命がぶつかり合う影のようなもの。そして数十メートルほど前方には、巨塊を撃ちだすイリヤとそれを必死に避ける曲芸紛いの弓兵がいる。たまに士郎の方へ来る流れ弾を魔術で相殺しながら、凛は額に汗して詠唱を連ねている。一発一発を避けることなら容易いが、まともにそれと同等を繰り出そうとすれば長い詠唱で自分を暗示に誘うか、同量の魔力を放たなければならない。同等の魔力を放つにはもはや消耗した凛では足りず、長い詠唱を並べる他なかった。
「俺が足手まとい、なのか」
 もとより士郎の能力など大したことはない。ただ無手からいきなり武装できるという、手品みたいなものだ。そして単なる武装では傷一つつかない狂戦士には、そんな手品、タネが見破られたもの以前の問題だった。
 膝が折れる。倒れてもけして折れなかった膝が折れる。自らの無力に侵されて心が悲鳴を上げている。それでも灰色の瞳孔は空を見ていた。電信柱を蹴って勢いを殺し、敵わぬはずの剣士はまた自らを見下ろすかのような巨人に挑んでいる。それはなんてことだろう。生命を賭して抗い続けている人は、見るからに士郎よりも年下だった。華奢だった。――強かった。
「お、ぉ、ぁ」
 折れた膝が曲がる。少しずつ軋みを上げて伸び、ようやく立った脚は震えてみっともない。それでも衛宮士郎は立った。崩れた自らの芯を組み上げ、自らの心神を以って体に言い聞かせる。それは明らかに限界を越えていた。足先は何度も地面を探ってから擦るように進み、一歩ごとに体中が落ちそうになりながら、一歩ごとに十秒もかけている。それはなんて無様で滑稽だろう。だが見て笑えるものなどいやしない。
「は。が、っ、……ぅ」
 体に残った生命を掻き集めてようやく作り出した力を、ただ歩くために消費する。呼吸はとっくに壊れていた。伸縮する肺は名残のようなもので、その半分も働いてはいない。髪は砂埃と血にぬれてあちこちに固まり、体中が落ちるたびに欠片が地面に撒かれている。その生命が、イリヤの目に留まる。
「どう見ても死んでるのに。ホント、しぶといんだから」
 嬉しそうに笑みを浮かべて、体中から溢れる魔力が止まる。サーカスを続けていた弓兵は民家の屋根で息を吐き、凛も同じく崩れた民家の塀に隠れて煮凝りのような息を吐き出した。
「わたしがやってもいいんだけど、それじゃあちょっと楽すぎるよね。バーサーカー、セイバーなんて無視していいから来なさい」
 足の動きだけで道路を踏み砕き、バーサーカーはその巨体を突き動かす。踏み砕かれたアスファルトは礫となってアルトリアを襲った。まるでショットガンのようにばら撒かれた礫をアルトリアは過大なダメージになるものだけを不可視の剣と体捌きだけで躱し、少しでも追いつこうと塀すらを足場にして跳ねた。踏み出した一瞬後に瓦解した建造物は遥か後ろ。鋼の巨体と青いドレスは、ただ一人の元へと最速を尽くす。
「■■■■■■■■■■■――――――――――!」
「――――――――――――――――――――っ!」
 終わる。命が終わる。全力を傾けても不可能だった。不完全に構成された英霊ですらないアルトリアでは、強化された第一級の英霊にかなう道理はない。嗅覚、味覚、聴覚、触覚、呼吸、心肺機能、あらゆる無駄を省いてもアルトリアでは届かない。士郎の命はあと数秒でその拳に潰されるだろう。
 そこに彼女とバーサーカーしかいなかったのならば。
「持ってけドロボウ。Neun,Acht,Sieben( 九番、 八番、  七番  ),Stil, schießt Beschießen ErschieSsung(全財投入、敵影、一片、一塵も残さず)……!!」
「――I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う)
 防御すら撃ち抜いて必殺に値する攻撃を、二人は束ねて放った。螺旋を描く一つとその外を行く三つの流星は、道を行く狂戦士さえ完全防御の姿勢にさせ、先に届いた螺旋が炸裂し、爆ぜたその後から三つの光弾が皮膚を裂き、肉を削り、骨を砕く。内臓は沸騰して焼滅し、ぶら下がった心臓だけが孤独を証明する。
「くっ、これでもまだ致死には届かない!?」
「君が宝石をケチるからだろう」
「後のことを考えて切り札をって置いただけよ!」
「後があればいいがな」
 翻る外套が凛を覆い隠してその場をハネた。イリヤが頬を膨らましてバーサーカーに文句を言い、彼は応えるように身体の組織を蠢かせて再生し始める。そのあいだにアルトリアはようやく追い越して士郎の元へ走った。
「……良かった。元気そうだな」
 人のことなんて気にしていられるような状況じゃないのに。肩を弾ませたアルトリアを見て儚いような本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、欠けた生命はその場に崩れ落ちた。
「シロウ……っ」
 まだ内臓すら修復途中であるというのに、バーサーカーは歩みを進める。チーターもかくやというほどだった速度は、今や亀よりも多少速いぐらいでしかない。しかしそれで十分だった。動かぬ標的を仕留めるのに速さは必要ない。あるべきは逃がさないことで、そして次に確実に殺すことだ。
 まだ骨の見えている腕を振りかぶり、拳ではなく骨と肉をミンチにしたものと言ったほうが的確な拳を握って、突き出す先を確認した。膨大な魔力は内臓を後回しにして腕を再構成し、削げた骨の見えていた腕は数秒で完全に復元される。
「やりなさい、バーサーカー!」
 溶けた不安が針になって心を貫く。自分の戸惑い程度でここまで士郎をぼろぼろにせざるを得なかったことが痛みに変わった。それは、なんて幻想だろう。きっと、たぶん、おそらく。そんな信頼の中、衛宮士郎はずっと待っていたのだ。アルトリアという自分の仲間が立ち上がって駆けつけてくれるのを。
 いま目の前にあるバーサーカーの不完全な拳とてアルトリアには防ぎがたい必殺だ。それでも、アルトリアは逃げ出さない。それでも怖くないわけではない。吹き飛ばされた暴力の痛みは彼女の脳裏に焼き付いている。剣と鎧で防御してさえ、サーヴァントの身体能力で精一杯軽減してさえ、彼女は今までに無いほどの苦痛を味わった。きっとそれは今後でも上位に値するような痛みだろう。もしかすると第一位に君臨し続けるかもしれない。それでも彼女は逃げなかった。
 膝は不様に震えている。けして武者震いのような恰好良さではなく、純粋な恐怖でだった。
 ガントレットががたがたと音を立てていた。緊張で力の方向がばらばらに食い違っているのだろう。
 ともすれば呼吸さえ忘れそうな死の一歩手前、アルトリアは見えない橋を渡るために踏み出さなければならない。
 目を閉じ、ばらばらの手をいったん緩めてから力を込め直す。彼女には一点の光も見えなかった。その場を切り抜けられるなどとはまったく思っていなかった。ただ目の前の絶望だけが事実だった。
 足音でした音に振り返り、彼女は仰向けに寝て士郎が笑っているのが見えた。それは先ほど見た儚げなものではなく、まるで向日葵のように明るい。
 アルトリアの震えが止まった。
 怖くないわけではないだろう。辛くないわけではないだろう。痛くないわけではないだろう。ただ、その笑顔を守りたいと思っただけ。
「――ああ、きっと」
 その信頼に応えてみせると胸の中で呟いた。
「私では足りない。だからセイバー、力を貸してくれ。――遥か昔はブリテン王の末裔、アルトリア・カストゥスが願う」
 幻想かもしれない。まったくのデタラメかもしれない。しかしその誇りを胸に、彼女は手に力を込める。
 風が吹く。
 彼女を中心にして秒速数十メートル。けれどバーサーカーのように致命的な殺意は無い。優しくて暴力的な、威圧感を伴った慈しみは士郎の体を優しく包む。台風が強まるにつれて彼女が持つものの姿がはっきりとあらわれ始めた。それは金色の光を携えた幾多の幻想が作り上げた最強に位置する一振り。星の光を集めて作られた神造兵器である。人が最強と望むが故にそれは最強であり、あらゆるものを斬り払う最大の一撃だった。
 風に圧されるのはバーサーカーとて例外ではない。通常の状態ならばともかく、今は内臓を始めとして体の重要な部分が欠落しているのだ。そのような状態で、今の暴風は抑えられない。
 金色は太陽の爆発にも似た光量で十字に作り、人が微かでも目するには目を細めるか色眼鏡でもいけないほどの光を放っている。
 その金光の剣をアルトリアは掲げるように振り上げ、全力を以って振り下ろした。
約束された(エクス)――――勝利の剣(カリバー)――――――――――!」
 瞬間、その場が光に埋め尽くされた。
  1. 2006/04/25(火) 19:43:39|
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隠動不明

 別にサボっていたわけではなくて、執筆はしていたんですが、それが表に出なかっただけの話です。まあ、なにかと長くなって予定変更なわけですが。
 というわけで、ACT-3の1です。およそニ分割と思われます。



   ACT-3:1 「天下地上の煌きⅠ -未だ瞬かず、残骸無惨-」

 張りついたように外れないガントレットとブーツを鬱陶しそうに動かして、アルトリアは地面から立ち上がる。まだ立ち上がることもできなかったころから戦闘は見ていた。明らかな不利と、自分という戦力を欠いた状況と、士郎の活躍と、狂戦士を殺した弓兵の手腕も。
「私はなにをやっている……!」
 どうしようもなく苛立たしくて、満足に動かせない体は溢れてくる涙を拭うこともできず、ようやく当てることができた手は冷たいガントレットだった。つややかな表面を滑って、しずくは地面に落ちていく。
「早く、シロウを助けなければいけないのに」
 だが、とアルトリアの中でなにかがざわめく。自分がいない方が上手くいっているではないか、と。状況だけ見れば、反撃さえ満足にならなかったものが、一度殺すまでに至っている。自分が邪魔しているのかもしれないという不安が、彼女の足を止めていた。
 まるで、どこか遠い世界のようにアルトリアは思っていた。あったはずのものが指の間からすり抜けて、今は遥か自分が自分だったどこかへと。
「決めたはず、だ。私は……」
 不可視の剣を支えから本来の用途に。合唱する金属音を煩わしく思いながら、揺らぐ思いを抱えて。アルトリアはそれでも前へと踏み出す。それがたとえ間違いだったとしても。
「信じてる。それがせめてもの在り方だと」
 青いドレスは風になびいて、一直線に谷底へと。

 剣戟がわずかでも拮抗している間に、凛は片手をポケットに突っこんだまま士郎に走り寄って腕を鳥その場所を離れた。士郎は強引な凛に体勢を崩しながらもなんとか足を動かし、ばらばらの呼吸で肺を収縮させる。アーチャーからずいぶんと離れたころ、暴力は一方へと偏りその拮抗を崩した。バーサーカーはその左拳を以って、十字に重ねられた夫婦剣を撃ち砕き、アーチャーを後方へ弾き飛ばす。
「ぐっ、む! まあ上出来か」
 目的は時間稼ぎ以外の何物でもない。その夫婦剣では塵ほどの傷もつけられないことは呆れるほど判っている事実だ。アーチャーは十数もの短剣を辺りにばら撒いた拮抗地帯から離れ、その手に黒弓を構えた。人差し指から小指までを使って三本同時に鉄矢を放つ。矢は歩き出そうとした足の甲に当たり、その行動をコンマ数秒遅らせる。
「ふむ。ダメージは通らないが、威力による静止は期待できるか。もっとも、あの力の前では無力に近いな」
「そろそろ無駄な抵抗は諦めて楽になっちゃった方がいいんじゃない。その方が辛くないよ?」
 返答もせずにアーチャーは矢を射続け、ただ距離を取った。軽快に移動しながら驚異的な集中力で足元に中てる様は、まさに弓兵の名が正しいことを知らしめている。その集中力も狂戦士の圧力にやや衰え始め、額に汗が浮かび、いつも余裕に満ちていた口元は食いしばられていた。一度息を吐こうとしたのか多重の鉄矢の中、アーチャーはその弓に一つの宝具をつがえる。それは自ら狂った螺旋剣でも夫婦の黒白剣でもなく、猟犬の名を冠した剣だった。足元を穿つことで得た三十秒の時間を使い、魔力をこめたその一剣を射出する。
「――――赤原猟犬(フルンディング)
 距離数十メートルを瞬間で無にする超高速の猟犬は、たった一合でバーサーカーの挙動を止める。その前傾姿勢での突進を防ぎ、遅れた風圧で辺りの塀ごと士郎や凛も吹き飛ばした。しかし巨兵はただ止められたわけではなく、剣を中空へ弾き飛ばす。されどそれを挫いてこそ、アーチャーが必死に得た三十秒分の魔力はその不可を可にする。猟犬たただ一心にその方向を変えその直後、弾指のごとき速度でバーサーカーに直進した。されどその必殺を破ってこそ大英雄。たった一合だけでバーサーカーは上空から落ちるその速度のまま、猟犬をアスファルトに深く叩きつけた。同時に猟犬は耐え切れず崩壊し、その姿をこの世から消し去る。
「なるほど。大した化け物だよお前は」
 苦笑しながら言って、アーチャーは額から落ちる汗を袖で拭った。バーサーカーの口から漏れる白い息はまるで灼熱の炎を連想させる。
 ほとんど抵抗のできない士郎を庇いながら何とか暴風の去った場所で、凛はただ呆然としていた。たかが瞬間すれ違っただけのような相手を、何もさせずに駆逐するその狂戦士のデタラメさを改めて知り、体の震えをどうにかしたいと思った。しかしそれもままならない。コートの中の尖ったカッティングでさえ、痛みを感じなかったからだ。掌が白くなり、皮膚が貫かれて初めて凛は痛みを痛みと認識した。
「あ……?」
「――――」
 それで、士郎は朦朧とした意識から目覚めた。遠坂凛は狂戦士に怯えていた。弓兵は一度の殺害以降、大した戦果を上げていない。自身はたかが岩塊を砕いただけで瀕死の有様。アルトリアはまだ戦場に戻れずにいる。
「なんだ、簡単なことじゃないか」士郎はまだちらついた眼球を動かして把握し、ずれたような顎を動かす。「瀕死なら、まだ生きてる」
 震える膝で立ち上がり、一度落ちたら開きそうもないまぶたに逆らい、その身はただ幻想を紡ぐ織り機となる。
投、影(トレ  ース)……開、始( オ    ン )――」
 並んだ撃鉄はいずれも錆びついている。巨大なハンマーでも打ちつけない限り、動くことはないだろう。しかしそれを落とすことは、死に近しい苦痛を味わうことになる。それを、士郎は一切の迷いも無く特大のスレッジ・ハンマーで叩き落した。
「が。げ、く。ぃ、……――、……。――」
 食いしばった歯の隙間からせり上がった血の塊が分割して押し出される。魔力の集中した回路は焼ききれそうなほどの回転を始め、ペースなどないフル稼働。編み上げられた魔力は螺旋を象り、ただ愚直に進むだけの一つの剣となる。
「――投影、完了(トレース   オ フ )
 士郎の眼球は既にモノクロでしかなく、それを造るためだけにあらゆる生命を殺ぎ落とした一剣は存在さえ不確か。衛宮士郎ではまだ到達できないその偽・螺旋剣は、放った衝撃で自壊しそうなものだった。
「あ。ハ、づ。ぉ。お……」
 断絶した神経を辿り千切れそうな感覚を繋いで、苦痛の海で泳ぎながら螺旋の剣を肩にかついだ。刀身の半ばすら過ぎるほどに肩を回し、硬質化した筋肉を軋ませながら背筋を引き絞って、士郎はようやく息を吐いた。
「、ぁ――――」
 それだけで激痛。四十度の高熱を断続して経験しながら三十四度の低温に身を浸して、硬い体の亀裂は深くなる。とっくに全身は朽ちておかしくない。むしろまだ原形を保っていることの方が驚愕に値し、自壊しながら空中分解を免れているのはたった一つの信念ゆえに。
 救え。と。
 怨念のようにたった一つの言葉が士郎の耳中で反響する。
 焼けた地面。焦げた空。原因不明の大火災。焼失していく息と消失していく生は同じ意味を持っている。その地獄の中、一人だけが蜘蛛の糸にすがれた。その蜘蛛の糸はあまりにもいい加減で、途切れても途切れても糸を伸ばしてくる。掴み取ったのなら、次は自分が糸を垂らさなければならない。それがたとえ、幻想に過ぎないとしても。
偽・螺旋( カ ラ ド ボ ル )――()……!」
 残った呼吸は白く消えた。大気を穿つ剣は自ら廻り、一直線に目標へと進む。まるで手繰り寄せられたように螺旋剣は高速で狂戦士を目前とし、その拳の一撃で地面に激突する間もなく朽ち果てた。その結果は当然だ。完璧であったアーチャーのでさえそうなのだから、その劣化のツギハギでは話になるわけがない。
 士郎は螺旋剣を投げて反動を支えきれず、崩れ落ちた格好のまま乾いた眼球を上に向けた。そこには勝ち誇るようにまぶしい笑顔の少女が見下している。彼女は白いもみじのような手で生乾きの血がこびり付いた士郎の頬を撫でた。砂のような感触に少女はすこしの嫌悪と大幅の陶酔を混ぜこんだ。
「あはっ。これがシロウの血なんだね」
 自らの手を本当のもみじみたいに染めて、イリヤは太陽のように明るく、月のように妖しく嗤った。
  1. 2006/04/06(木) 20:04:24|
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