雑事~ざつごと~

てきとうにたらたら文章書いてる奴の垂れ流しやら雑記やら。

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SEEN-3.75 「透ける爪痕」

 体温よりわずかに温かい泥に浸かったような気分で桜は意識を浮上させた。色の無い表情から判る冴えていそうもない体の調子は、油を差していない歯車のようでずいぶんとぎこちない。彼女が瞼を開けるのにたっぷりと十秒かけ、そして体を起こすのに二分と三十秒を必要とした。年頃の少女が持つにはシンプル過ぎて味気ない目覚し時計は五時五分前、いつもよりちょっと早く起きただけでこんなにも体が重いものかと彼女は嘆き、時計を見詰めたまま二分と三十秒が経過するまで見詰めたまま呆けたように口を開いた。
「え、え、え。わたし、ログ・インしたまま……?」
 慌てて桜がウィンドウを呼び出してEXIT、YESと続けて指先で空間に浮かんだボタンを押しこむと、途端に景色は一変する。ややクラシック調だった部屋は消え、彼女の視界は真っ暗な闇だけがある。消失した脱力感と疲労を気持ち悪く思いながら彼女はつけたままだったヴァーチャル・ギアを外し、髪をブラッシングして寝巻きから制服に着替えて慌しく部屋を出て階段を降りた。
 洗面所で歯を磨いて顔を洗うと、キッチンに立ってエプロンを身に付けて冷蔵庫を開く。買い置きの食パンが無いから新しいのを買うことをメモ帳に書いて、桜は卵を四つとキャベツを八分の一、ニンジンを半分、タマネギを四分の一を味噌汁にして取っておいた出汁と卵でだし巻き卵を焼き始める前に、グリルで塩鮭を二切れ塩抜きしてから放りこむ。
「もうそろそろ起こしに行かなくちゃ」
 冷凍庫からご飯を取り出してレンジにセットすると、生ゴミの処理をしてエプロンを外し、家族を起こしに行く。
 間桐家の祖父――臓硯は歳を百も越える老人だった。そのせいかボケてきており、夜中に徘徊することもしばしばである。最近はマーブル・ファンタズム内でするようだから問題は無いが、世間体を割りと気にする慎二は祖父の事があまり好きではなかった。もっとも、現在の間桐家をそれなりの資産家として成立させていることを尊敬してもいたが。
 祖父の部屋を閉ざしているドアの前に立ち止まって桜はノックすると、開けずにそのまま声をかける。
「お爺様、お食事の準備ができました。そろそろ起きてください」
 声をかけてからやや慌しく立ち去り、廊下を小走りして暗い階段を器用に一段飛ばしで上ると、桜は慎二の部屋の前で同じようにドアをノックする。
「兄さん、朝ご飯ができました。二度寝するとご飯冷めちゃいますよ」
 返事が無いのはいつものことだったから気にせずに桜はキッチンまで降りると、電子レンジから解凍された白米を茶碗に移して主菜と副菜を一枚の皿に載せる。お椀に味噌汁を注ぐと箸を並べ、彼女は家を出た。
 時刻は五時半をやや過ぎた辺り。寝坊のせいか、彼女がいつも衛宮家に向かうよりも大分遅かった。

 士郎がもう目覚めて何ごともなかったかのように朝食の用意をしているという都合の良い希望を打ち砕かれた桜は、意気消沈とした様子で廊下を踏んでいる。一限を終えた彼女は落ち着けずに校舎内を歩き回っていた。すると前方から何やら考え込んでいる凛の姿が目に入った。ずいぶんと考えごとに入りこんでいるようで、桜の姿には気付いていない。
「おはようございます、姉さん」
「え……ああ。おはよう、桜。なんだか元気ないわね」
「先輩がちょっと起きなくて……。あ、衛宮先輩って言うんですけど、姉さんは知らないですか?」
 穂群原学園では故障した古い備品を修理して回っているとしてそれなりに有名な存在なのだが、桜は凛はそんなこと気にかけないと思って補足しようとする。
「あんまり心配しなくてもいいんじゃない、けっこう元気みたいだったから」
「そうですか……って、なんで姉さんが先輩と?」
「ま、色々とね。ログ・アウトできないって悩んでたみたいだけど、それなりに楽しんでるみたいよ」
 桜はやっぱりそういう事態なのかと理解し、目覚めない士郎の現状を飲みこむ。
 じゃあね、と始終難しそうな顔をしながら凛は去っていき、桜には今まで以上に謎が積み重なる。しかし士郎が無事である事は朗報以外の何物でもなかった。

 まだかまだかといつも以上にゆっくりしているようなHRにやや苛立ちを覚えつつも、桜は表面上は普通を装う。いざ終わると弓道部のクラスメイトに今日は休むことを伝え、もう用はないとばかりに競歩のように素早く廊下を渡って上履きを履きかえるとスカートの裾も気にせず走り出した。
 弾む息は楽しそうに、苦しそうに、眩暈を起こしそうな楽曲のように上下する。桜は言いたくて言いたくて仕方がない言葉を喉の奥に押し込めて、一直線に自分が帰る場所ではない、衛宮家に向かっている。今の彼女にとっては全力疾走ですら辛いことではなく、それを十五分も続けることすらただもどかしいだけだった。
 呼び鈴を押して自分の名前を告げ、交通事故で骨折している切嗣に負担をかけないよう静かに中へと入る。そわそわとした彼女の感情は、士郎の部屋に入った途端、すぐに冷めた。そこに横たわっている人間は本当に衛宮士郎かと疑ったほどだ。だが、ところどころ跳ねたその赤毛は特徴的なもので見間違うはずがない。顔は額から眼下までをヴァーチャル・ギアで覆われているからたしかめようが無いが、衛宮士郎の体は頬がこけ始め、筋肉が衰え始めていた。
 それは普通の状態ではない。本来ならライフ・セイヴァー機能である程度筋肉を動かし、寝返りのようにしてプレイしっぱなしでも体が衰えないようにしてくれるはずなのに、士郎の体は現にこうして痩せている。
「ああ。おかえり、桜ちゃん。ずいぶん早かったね」
 交通事故で大丈夫とは言えない切嗣は、それでも元気だったはずだ。――桜が見た朝までは。
 しかし今の彼は、まるで夢魔に生気でも吸われたかのように元気が無い。
「ただいま。切嗣さん」
 単なる反射で桜は言い、同時に胸の中で心が交じり合う。希望になるはずの言葉と、絶望するような現実と。
 それでもそれは言わないよりもマシなはずだったから、桜は凛から聞いた話を告げて、逃げるように会話を切った。
「わたし、お茶を淹れてきますね。切嗣さんも疲れてるみたいですから、甘いものを食べた方がいいですよ」
 機械的に足を進めてやかんに水を入れて火にかけると、桜は崩れ落ちるように流しに寄りかかる。
「ああ、そうだった。現実が甘くないなんてとっくに知ってたのに」
 ――そんなこと、間桐家に引き取られた頃から判ってた。
 ぐるぐると胸の奥で黒い何かが回っているのを感じて、彼女はそのなにかを吐き出したくてため息を漏らす。それでも、なくならない。ただぐるぐると回るそれは気持ちが悪いだけ。きっと胃の内容物を吐き出しても変わらないと判ってるのに、桜はぐったりと寄りかかったまま俯いていた。それは、やかんとケトルが鳴っても無くならなかった。
「どうぞ」
 少し濃い目に淹れた玄米茶とどら焼きを、お盆に載せて桜は差し出す。
「ありがとう。……ちょっとまだ熱いね」
 無事な左手で受け取った湯飲みを小さな机に置き、切嗣はどら焼きを小さく齧った。それをゆっくりと噛み続けて、彼はどうにも飲み込まない。質の悪い肉じゃあるまいし、とっくに流動食然としているだろう。
 言葉がない。会話ではなく、言葉がない。死人のようなそれを前に、二人はかけるべき言葉も交わすべき言葉も、心を通り抜けていく。
「今日で四十八時間――刻限になる。それでも目覚めなかったら救急車を手配するよ。僕一人じゃ運べないからね」
 かすかに笑った彼に桜はなにも言えない。ただ、愛想で笑うだけ。
 交わすべきモノは既に終わっている。あとはただこの気まずい沈黙が広がるだけ。時計の音がやけに大きく聞こえるような静寂が上塗りされるばかり。
「桜ちゃん、今日はご飯作らないでいいよ。久しぶりに店屋物も食べたいし」
 桜はそれに反対しようとして、止めた。
「……はい、判りました。じゃあ今日はもう帰りますね」
 喉下まで出かかった言葉を飲み下して、桜は貼り付けた笑顔で衛宮家を去る。切嗣の心が判るから、湧いてくる涙と感情は止めようもなく彼女を走らせた。衛宮家から間桐家へ、彼女は人目につかないようにひっそりと帰った。

 日が傾いてきた頃、朝食を食べてからずっと部屋に篭っていた慎二に言われて食事を作ると、桜は一緒に食べながらいくらかの言葉を交わして夕食を終えた。
 最後の皿を拭いて食器棚にしまうと、彼女は浮かんだように明るいキッチンの蛍光灯を消した。
 一度部屋に戻って、机に乗ったヴァーチャル・ギアを睨むように見つめてから着替えを取ると、シャワーを浴びた。いつも時間がかかる彼女にしては、ずいぶんと早めだった。しっかりと髪の水気を拭き取ると険しい顔をしてパジャマにカーディガンを一枚羽織り、ヴァーチャル・ギアに手を伸ばす。
 髪が暴れないように被ると、こめかみ辺りの出っ張りを押し込み、桜は視界に浮かんだウィンドウを強く睨んでマーブル・ファンタズムに飛び込んだ。

 とあるマンションの一室で、缶ビールを飲みながら青年はリモコンでチャンネルを忙しなく回す。ようやく目的のものになったのか、肴のさきいかを咥えて奥歯ですり潰すと、掛けていた眼鏡を外してテーブルに置いた。剥き出しのフローリングには脱ぎっぱなしの背広の上着やらネクタイ、朝に着替えたのだろう寝巻きまで散らばっていて、とてもじゃないが片付いているとは言いがたい。
 TVに映る中年男性は目の前の赤い顔をした青年とは対照的に、無愛想な顔をして淡々とニュースを読み上げている。テロップで大げさにタイトルが現れ、青年がモニターを睨んだ瞬間にテロップが差し替えられる。
『マーブル・ファンタズムに不具合。ずさんな管理!?』
 青年はさきいかを口に全部入れてビールを一口飲むと、前に乗り出してニュースに耳を傾ける。もっとも、だいぶ酔っているようで真剣に聞いているのかは疑問だが。
 キャスターは下を向いてニュースの資料を見ると、それを口にする。
『昨日、二月の二日より、世界的に広まっていたマーブル・ファンタズム・ユーザーから、相次ぐ不具合の報告が同名社に寄せられているとの事です』
 モニターはVTRなのか生中継なのか、スタジオから夜でも明かりが点いたビルとその前に立つリポーターを一人写している。ビルの周りにはハイエナのように他局のリポーターやカメラマンが居て、混雑していた。
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  1. 2005/11/26(土) 21:16:42|
  2. marble phantasm
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